原始からの自然、開拓の歴史、大地の恵み、そして野生動物たち私たちは皆さまにトムラウシ、新得町の魅力をお伝えします。
原始からの自然、開拓の歴史、大地の恵み、そして野生動物たち私たちは皆さまにトムラウシ、新得町の魅力をお伝えします。
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あれやこれやメニューTHIS AND THAT MENU

トムラウシのこと、新得町のこと「もっと知りたい!」という方の情報ページです。
かなりマニアックな情報もありますので、ご興味のあるメニューからご覧ください。添付している5つの地図は、すべてPDFで閲覧、プリントアウトが可能で、並べると「新得町の情報マップ」が出来上がります。地図を、スマートフォンを片手にトムラウシ温泉への旅を存分にお楽しみください。

「トムラウシ」って?WHAT'S TOMURAUSHI?

新得町の面積は約1,064k㎡で、東西約30km、南北約60kmにも及び、東京都の半分の広さをほこります。人口は約6,300人、人口密度は約6人/k㎡で、東京都の1,000/1しかありません。
トムラウシ地区は、新得町の中部以北の地域で、新得町全体の面積の70%以上を占めています。新得町の総人口の98%以上が南部に居住しているため、トムラウシ地区の人口密度は1人/k㎡にも達していません。また、新得町の総面積の約90%、トムラウシ地区の99%以上が森林地帯に占められています。

アイヌ語に起源にもつ地名「トムラウシ」は、松浦武四郎の十勝日誌や登加智留宇智之日誌には「トンラウシ」と記されています。
「トムラウシ(tonra-ush)」とは「水垢の多い」「水草の生えている」という意味で、温泉や水草などヌルヌルすべる川、つまり、トムラウシ川が流れる場所を指してると解釈することが通説となっています。また、「花が多い」場所との別解釈もあります。

  • 新得駅周辺を上空から
  • 80名ほどのトムラウシ町内会 山の交流館にて

トムラウシ開拓史HISTORY OF TOMURAUSHI

「北海道」の名付け親は、生涯6度にわたり蝦夷地を探査し、アイヌの人々と積極的に交流して多くの記録文書と地図を残した探検家(のちに開拓使判官に任命)の松浦武四郎です。かつて「蝦夷地」と呼ばれていた未開の地が、明治2年に「北海道」と命名されから平成30年で節目の150年を迎えました。
蝦夷地が北海道となってから30年の年月を経た明治32年、山間部に近い新得(シントク原野)にようやく開拓の先鞭がつけられました。
明治30年、山形県北村山郡高崎村出身の村山和十郎ら(山形団体)が北海道に移住地を求めシントク原野を視察し、2年後に13戸、翌年には約100名が入植を果たしました。その後の数年間に新得各地区には、主に東北や北陸、四国からの団体が入植し、トムラウシへの拠点となる屈足原野には、明治35年に鹿児島県財部村から7戸が初めて足を踏み入れました。岩松地区には、明治43年に徳島県や岡山県出身者が近隣の幕別村や御影村から移住し、開拓の糸口が開かれましたが、さらなる奥地の広大なトムラウシ原野は、その後30数年間にわたり手つかずの時代が続きました。

東大雪荘誕生の歴史BIRTH OF HIGASHITAISETSUSOPDF

  • 秘境トムラウシ探検 昭和10年沼ノ原にて
  • 中村組岩松土場 昭和10年頃
  • 戦後のトムラウシ ニペソツの開拓農家
  • 屈足より見た十勝岳の噴火 昭和37年
  • 昭和43年に幕を閉じた北海道拓殖鉄道
  • 旧東大雪荘の紅葉まつり 昭和43年

十勝上川森林鉄道と大雪山縦貫道路LOGGING RAILWAY & TRAVERSE MOTORWAYPDF

  • 樹間に敷かれた十勝上川森林鉄道
  • 北海道拓殖鉄道 屈足駅
  • 良材の集散地 屈足貯木場
  • 大雪山縦貫道路建設促進の宣伝カー
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開拓の歴史街道HISTORY ROAD

トムラウシ温泉への道は、大自然を開拓した人々の足跡が残るヒストリーロードです。原始から続く風景、人々を支えた林業と電源開発の歴史、そして開拓者たちの思いに馳せながら行く温泉旅行は、一味も二味も違った旅となることでしょう。

二股以北

富村ダム1

昭和53年に竣工。建設予定地が大雪山国立公園内にあったため、建設にあたり注目されたのが自然保護への配慮でした。地元自然保護団体より示された自然保護対策や復元緑化などの「富村三原則」に従い、北海道電力は町の協力を得て、40mあまりの富村発電所ビルを地中につくるなど、最大限の自然配慮を行いました。この発電所建設により当時自家発電であったトムラウシ温泉への送電が実現しました。

十勝川に残る橋脚 二股地区

二股

トムラウシ川とシイ十勝川が合流し、十勝川本流となる地点で現在の曙橋の南側。森林鉄道の幹線の終点で、シートカチ支線、トムラウシ支線の始点でもありました。二股付近には十勝川を横断する森林鉄道の橋脚と橋台が残っています。保存活動をすべき旧十勝上川森林鉄道最大級の遺構Aです。

ニペソツ地区以北地図PDF

自然休養林野営場2望岳台4白雲台5霧吹の滝7霞の滝8については周辺案内ページをご参照ください。

チカベツ地区

新トムラウシ大橋を渡り、関谷牧場さんと東大雪肉牛牧場さんを過ぎると絶好のトムラウシ山撮影スポット1が現れます。牧場手前の林道沿いには、平成17年にNHK放送80周年を記念して制作されたドラマ「ハルとナツー届かなかった手紙」のロケ地跡2があります。昭和初期の開拓農家の撮影地で、セットは撤去されましたが、開けた牧草地からは二股山Aなどの山並みが見えます。チカベツ林道入口にはミズバショウ群3があり、例年5月上~中旬に開花します。

関谷牧場1

1500頭以上のホルスタイン牛のほか、日本では珍しい食肉用のジャージー牛などを飼育、生産しています。ジャージー牛肉は、飲食店用のブロック販売や個人向けのネット販売もしています。

東大雪肉牛牧場2

ホルスタイン牛のほか、ブランド牛東大雪牛を飼育、生産しています。関谷さんとともに、地域の振興のため、日々活動を続ける武藤さん一家が営む歴史ある牧場です。

チカベツの絶景スポット

絶景スポットは、東大雪食肉牧場さんの敷地内にあり、東大雪肉牛牧場さん、関谷牧場さんの社用のトラックなどが往来します。撮影などには十分な配慮をお願いします。

トムラウシ肉牛牧場3

山下さん一家が営む地域最大級の肉牛牧場。冬の晴天時、牧場前の直線道路からは、大きな牛舎が並ぶ風景の奥に、ひと際白く輝くトムラウシ山と十勝連峰を遠望します。

ペンケベツ・パンケベツ地区

昭和28年、開拓民の要望によりペンケベツ地区に富村牛小中学校上富村牛分校が開校し、31年に上富村牛小中学校1として独立しました(昭和51年廃校)。当時学校は巨木が散在する原始林伐採跡地にあったため、地域住民の奉仕活動が学校運営を支えていました。この地は開拓入植以前から十勝川上流域の伐採事業の先端地であったため、神社が置かれていました。昭和40年、神社に代わり大原始林開拓苦闘碑2を建立。学校跡地には体育館も残されています。

裕蜂の里4

例年8~9月にブルーベリー狩り、8月はカシスやハスカップ狩りが楽しめます。ブルーベリーの苗木や有機野菜の販売も行っています。8~9月の日曜日のみ営業。予約で平日の受け入れも可能です。

ドリームヒルトムラウシ5

捕獲した野性のエゾ鹿の養鹿牧場。農林業、交通事故被害対策のため、自然資源の活用と地域経済の振興を目的として、酪農家を中心に組織した農業生産法人です。鹿肉の加工、販売を行っています。

ペンケベツ川に架かる清雲橋よりB

中別沢川に架かる第1ペンケ橋よりC

ニペソツ地区

富村牛小中学校2は昭和23年、岩松小学校ニペソツ分校として開校。学校名の「富村牛」は当時の十勝支庁長が地名を漢字に当てはめ命名しました。トムラウシに残る唯一の小中学校で、山村留学制度のある学校として知られています。平成28年に「鋼と羊の森」で本屋大賞を受賞した宮下奈都さん一家も山村留学し、その経験が作品に活かされたようです。敷地内にはキナウシ・ニペソツ地区への入植10年を記念して昭和32年に建立された開発記念碑3があります。

山の交流館とむら3

名物の鹿肉サンドなどの軽食やお土産品を販売しているほか、コテージも運営しています。四季折々のイベントの主催地、地域住民の集いの場でもあり、トムラウシの旬の話題が聞こえてきます。

トムラウシきぼうの森A

営林署が昭和59年に整備したハルニレやカツラなどの落葉広葉樹の森。探鳥や森林浴に最適な場所です。地域住民の守り神である富村牛神社が森深くに祀られ、秋には町内会祭りが開かれます。

裕蜂の里南側よりD

十勝川とニペソツ川出合200m上流よりE

ピシカチナイ

菅野光民殉難之碑4

昭和60年建立。大正7年、ときの道議で十勝日々新聞社(現十勝毎日新聞)社長の菅野光民がヒグマの犠牲に。トムラウシ開発に大きな関心をもっていた道議が、アイヌ2名との探検中の事故でした。

ピシカチナイ沢に架かる恵雲橋よりF

十勝川本流に架かる白雲橋よりG

百間棚・千間棚

電源開発が始まる以前、ペンケキナウシ川の対岸は十勝川へ突出した岩場となっていました。南側の岩場は百間棚、北側の大岩稜帯は千間棚と呼ばれ、冬期は絶えず雪崩の危険にさらされていました。念仏峠とともにトムラウシへの道の最大の難所でした。

キナウシ地区

十勝ダム4は、十勝川の治水と水力発電を目的とした十勝川水系最大ロックフィルダムです。昭和42年に道開発局によりキナウシ地区に建設計画が立てられ、48年に着工、11年の年月と534億円を費やし昭和59年に竣工しました。昭和58年に着工し、60年に竣工した十勝発電所5は最大出力4万kWを発電。発電所は予約により見学が可能です。ダム建設にあたり出現した人造湖は、住民アンケートにより東大雪湖と名付けられました。昭和58年、道道忠別清水線の付け替え工事が行われ、東大雪橋、トムラウシ第一・第二トンネルなどが新たに建設されました。東大雪橋は十勝川水系最長の橋で、中央部の橋脚は1基3億円といわれ、大きな話題となりました。この道路付け替えによりかつての難所念仏峠越えの道は湖底に沈み、東大雪湖畔には十勝ダムキャンプ場Bや開発記念公園、キナウシ開拓記念公園が建設されました。開拓記念公園には追憶碑「キナウシ開拓の歩み」5、母子の像「慈愛」がたち、ダム建設により水没した開拓農家の追憶が刻まれています。湖内にはダム湖周辺の安全を祈願し、新たに貴名牛神社が祀られました。貴名牛神社6は開拓入植が始まってまもなく、キナウシ地区の鎮守として祀られました。社殿は昭和37年に開校した富村牛小学校下富村牛分校(昭和51年廃校)として利用され鳥居のある学校として話題となりました。その後のダム建設とともに廃止されたましたが、昭和58年、湖内の赤岩に移築奉納されました。キナウシ地区はかつてヒグマやエゾシカの通り道でした。ダム湖ができた現在も山の斜面にエゾシカの群れが見られます。10月には広葉樹の紅葉が湖を覆います。

大畑技官殉職之碑7

昭和26年、森林鉄道の建設関係車輌と資材運搬車輌が衝突事故を起こし、技官1名が殉職しました。現場付近に建てられた石碑は、ダム建設時にイロネウシ林道沿いの高台に移設されました。

中土場

現在の上岩松発電所南側の区域。王子製紙による森林開発の時代は、上流より流送されたパルプ用材の水切り集積場でした。その後は、王子製紙の下請け業者中村組の造材基地、森林軌道の拠点となり、森林鉄道建設後も駅土場として森林開発の重要な中継基地となりました。

東大雪湖畔よりオソウシ温泉へのイロネウシ林道は冬期通行止となります。

キナウシ地区周辺地図PDF

かつての交通の難所 念仏峠

念仏峠

かつてイロネウシ川と十勝川本流の出合は、70mもの断崖となっていました。開拓時代、この断崖の岩盤を砕いて馬がやっと通れる道が付けられました。しかし、馬車は通れず馬の背に荷物を振り分け、念仏を唱えながら人が往来したといわれています。森林鉄道もこの峠付近を越えていました。

オソウシ地区

オソウシ峡の一軒宿 オソウシ温泉 鹿之湯荘

オソウシ温泉 鹿之湯荘A

明治の末、帯広の旅館経営者がアイヌに教えられ、その権利を買ったのが始まりといわれています。源泉は鉱泉に近い低温泉ですが、全国有数の強アルカリ性硫黄泉で、「美肌の湯」として知られています。昔ながらの佇まいを残す鄙びた温泉宿です。看板犬のケンちゃんがお出迎えをしています。

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農業と酪農ー食の町 新得THE FOOD TOWN

広大な大地と恵まれた自然環境をもつ新得は、農業が盛んな町です。そばの一大産地として知られる新得町は、小麦や大豆、小豆、甜菜などの原料農作物のほか、馬鈴薯や人参などの野菜を多く生産しています。収穫に3年もの年月を要するゆり根は、全国の市場で高い評価を受け、町の特産物となっています。酪農、畜産も盛んで、乳牛、肉牛は町全体で33,000頭以上も飼育されています。新得町市街地には、そんな農作物や乳製品、お肉を気軽に楽しめる飲食店や直売を行っている農場、農業体験ができる農園、農場などが点在しています。トムラウシの湯とともに新得町の魅力に触れる旅を是非お楽しみください。

岩松地区

岩松ダム6は、十勝川水系の電源開発を進めるために建設された十勝川本流最初のダムです。昭和13年、日本の電力需要を統制する目的で設立された日本発送電が道内で初めて建設を試みたのが岩松発電所でした。戦時下の制約された条件下での難工事であったため、仮設吊り橋の落下や水路決壊などの事故により多くの犠牲者8を出しました。昭和17年、最大出力12,600kWの発電が開始され、道東産業の発展に大きな役割を果たしました。現在は北海道電力により最大出力16,000kWの新岩松発電所7として操業しています。ダム建設によって塞き止められた十勝川の水は岩松湖となり、湖畔に迫る木立は湖水に映え、紅葉の夕暮れ時などは神秘的で幻想的な光景をつくりだします。当初はイトウやアメマス、イワナなどの釣場として知られ、現在はカモや白鳥の群れが見られます。岩松発電所建設により、辺境の地であった岩松地区には従業員官舎が立ち並び、明治43年に創立した岩松小学校9の生徒数は、昭和14年には128名にものぼりました。当時小学校前には、大正15年に開設されたペンケ澤(岩松)駅逓所10(昭和18年廃止)もあり、地域住民と人の往来で岩松地区はたいへん賑わっていました。その後は過疎が進み、小学校の生徒数は6名まで減り、昭和51年に廃校となりました。校舎は新得町郷土研究会等により保存活動が続けられています。

岩松トンネルH

岩松湖畔、凌雲橋付近にある森林鉄道遺構。岩松湖畔は露岩の突出が多く、この地はトンネルを掘削するほかありませんでした。機械力に乏しい時代であったため、工事は手掘り作業で行われました。

岩松ダム南側に残る擁壁I

岩松パンケ二コロベツ川に架かる南岩松橋H

屈足地区周辺地図PDF

ご紹介している名所や遺構の見学や写真撮影の際は、車の停車、駐車に十分な配慮をお願いします。

岩松の名水C

道道よりペンケニコロベツ林道を約2km入ると半壊した水場があります。こんこんと流れ出る水はペンケ山腹から湧く美味しい水です。南に対峙するパンケ山Bは屈足平野のシンボルマークです。

TOM(とかちアウトドアメイツ)D

TACさんとともに十勝のアウトドアアクティビティを牽引しています。十勝川でのラフティングや渓流釣り、屈足湖でのカヌー、冬期のサホロ湖でのワカサギ釣りなど、体験メニューは豊富です。

屈足地区

屈足ダム8は、電源開発と北海道開発局が発電と農業用灌漑を目的に、共同運用する多目的ダムです。昭和59年に着工、62年に竣工し、清水町の熊牛発電所とあわせて建設されました。その意匠や周辺の環境により、平成6年の建築・環境デザイン部門でグッドデザイン賞を受賞しています。ダムの完成によりできた屈足湖畔には、無料のパークゴルフ場E等を備えた広さ約5haの公園が造成され、公園内にあるTAC(とかちアドベンチャークラブ)Fさんが屈足湖でカヌーなどのアウトドアツアーを行っています。TACさんはそのほか、ラフティングやカヤックツアー、冬期にはバックカントリーやスノーシュートレッキングなどのツアーメニューを展開しています。平成3年、東大雪山系と日高山脈の登山者の情報発信基地としてトムラ登山学校レイク・インが建設され、初代名誉校長として登山家の故田部井淳子さんが任命されました。現在はくったり温泉レイク・インBの名の下、野外リクレーションや保養、観光などの多目的宿泊施設として運営しています。

神秘的な屈足ガンケ

屈足ダムから十勝川を下ると河岸の岩肌が大きく露出している箇所がひと際目につきます。100万年以上前の火砕流による堆積土が川の浸食により出現したもので、地域住民はその崖肌を屈足ガンケ5や十勝川ガンケと呼び、アイヌの人々はこの地を「カムイロキ」と呼びました。カムイロキとは神の座という意味で、アイヌ伝説では、神が宿る神聖な場所、近づいてはならないところとされています。その地名は、江戸時代の探検家松浦武四郎の「十勝日誌」によって広く伝えられました。ひら農場さんの辺りからの眺めが絶好で、くったり温泉レイク・イン辺りからは崖肌を間近に見ることができます。現在は、パワースポットとして注目され、地域の若者が中心となり、この場所に因んだアウトドア音楽フェスティバルGANKE FESが毎年開催されています。ガンケよりさらに下流には、大正末期から昭和初期にかけて、屈足と幌内を結ぶ唯一の交通機関として渡り舟の往来があったことを印す森船渡場跡11の史跡標柱が建てられています。

屈足運動公園G

毎秋、新得町の秋の味覚が大集合するうまいっしょ「しんとく」大雪まつりが開催される会場。イベントでは、農産物の詰め放題や軽トラ市などが行われます。大雪まつりは昭和43年~48年までに開催された「トムラウシ温泉紅葉まつり」が起源となっています。運動公園内にはパークゴルフ場やテニスコートなどスポーツ施設のほか、陶芸センターの登り窯やバーキュースペース、無料のライダーハウスなどが設備されています。

屈足貯木場

北海道拓殖鉄道(新得~上士幌間/昭和3年~昭和43年)屈足駅の西側に隣接。周辺は十勝川上流域の森林開発の拠点として、昭和30年をピークに繁栄していました。貯木場跡地は現在、農地や倉庫、小規模の貯木場となっています。北海道拓殖鉄道は、森林鉄道廃止の3年後に廃線となりました。

狩勝窯 新得町陶芸センター9

町の運営によるしんとく焼の発信基地。しんとく焼きは、主に町内新内地区の粘土を使用し、屈足運動公園内に設置した十勝唯一の登り窯で製作します。素朴で味わいのある作品群は、東大雪荘でも販売しているほか、しんとく新そば祭りや大雪まつりでも出店販売されます。また11月には陶芸センターまつりを開催し、直販が行われます。盆踊り大会ーくったりふるさと祭りは、毎年8月に陶芸センター前の中央駐車場にて開催されます。

屈足の一本桜4

所有者が昭和21年に結婚分家の記念樹として種子から育てたエゾヤマザクラ。山並みをバックに広大な農地にぽつりと立つ姿は絵になります。平成7年に町の名木に指定。見頃は例年5月中旬です。

金田ベリー園6

6月下旬~8月上旬にハスカップ、カシス、グスベリー摘みが楽しめます。有機肥料で育てたベリーからつくるジャムは果実がもつ甘酸っぱさと深いコクが味わえます。通信販売も受け付けています。

村田農場7

小麦や甜菜を主に、新得の特産品であるゆり根や人参などを生産し、期間限定で直売もしています。村田さんがつくる牡丹そばは、その創意工夫により平成18年に農林水産大臣賞を受賞しています。

ひら農園8

7月下旬~10月上旬にジャガイモやスウィートコーンなどの収穫や農作業の体験ができます。土作りにこだわり、低農薬で育てた平さんの野菜は、全国の食卓の笑顔を支えています。

佐藤農園9

新得の特産品である原木しいたけを生産しています。収穫まで2~3年を要する原木栽培法で育てたしいたけは肉厚で濃厚な味わい。しいたけ狩り体験も受け付けています。

大晶ファーム10

農薬、化学肥料を使用しない有機JAS認定農場です。収穫された旬の有機野菜は素朴でやさしい味わいとの評判で、全国各地から注文が入っています。農園での直売も受け付けています。

屈足展望台6

屈足市街を見渡す高台。現在は立木が成長し、樹木の間に景色を垣間みられる程度です。カーブと分岐に位置するので駐車には細心の注意を。目の前には交通安全を促すパトカーの珍景があります。

屈足平和園A

十勝や札幌でチェーン展開している平和園からのれん分けした焼肉店。美味しいジンギスカンが食べられるのは北海道ならではです。価格もリーズナブルで、ランチはお得感があります。

たこや食堂B

昭和30年創業の老舗食堂です。開店以来変わらない価格で人気なのがホルモン鍋。ジンギスカンもおすすめで、メニューにはない2つを合わせた「ホルジン鍋」なるものも提供してくれます。

パンとお菓子の店 ビオラC

北海道産小麦にこだわったパンやケーキ、プリンなどを販売。ご主人はお店を開く前、サホロのホテルでパティシエをされていました。北海道の形をしたミルクパンやケーキ類が人気です。

上佐幌地区

新得町郷土資料館10

旧上佐幌小学校の校舎を利用して開館。開拓期から昭和にかけての生活用品や農機具、鉄道遺物、埋蔵文化財などを収蔵展示し、町の歴史を紹介しています。見学には教育委員会への予約が必要です。

レディースファームスクール11

平成8年、新得町が開設した女性専用の農業体験実習施設。研修コースには、酪農、肉牛、畑作などがあります。研修期間は1年(畑作コースは7ヶ月)で、1ヶ月からの短期コースもあります。

小さな森のレストラン ポパイD

炊きたての釜飯が付く季節のポパイランチが一番人気のメニュー。十勝の旬の素材を活かしたランチプレートには、バラエティに富んだ一品が並びます。4月下旬~12月上旬の営業です。

ごりらのしっぽE

野菜や果物からおこした自家製酵母と石窯で焼き上げた身体にやさしいパンを焼いています。噛み締めるほどに旨味が増す味わい深いパンは、金、土、日曜日に販売されます。

友夢牧場11

1,000頭もの搾乳牛を保有する大規模酪農業を営んでいます。乳搾りや仔牛への哺乳体験やバター、アイスクリーム作り体験ができます。バイオガス発電など、最先端技術を駆使している牧場です。

スロウ inn 楓C

一日一組のおもてなしをするペンションですが、毎週水曜日の午後より喫茶「珈琲ランプ色」をオープン。ハンドドリップしたコーヒーと手作りデザートがおすすめです。

佐幌地区

はら農園12

有機農法で育てたそばを原料とした新得産クラフトビールビール「SOBACO」を生産しています。くせのない飲みやすいビ—ル(発泡酒)です。自家製の十割そばなども生産、販売しています。

La motorice (ラ・モトリス)F

十勝産の新鮮な食材をつかった贅沢なコース料理を堪能できます。トムラウシジャージー牛や新得地鶏もLa motriceさんならではのレシピでいただけます。新得町の隠れ家的本格レストランです。

エゾフクロウの巣7

野性のエゾフクロウが見られる非常に貴重なスポットです。運が良ければ巣穴でそっと寄り添うつがいの姿が見られます。野生動物は遠目にそっと見守るのがマナーです。

新得温泉ホテルD

単純鉄冷鉱泉の湯。大正期に箕浦庄吉が開いたことにより箕浦温泉と呼ばれ、湯治客で賑わいました。昭和3年、災厄に見舞われ廃業。昭和45年に新得温泉と改め復活した歴史ある温泉です。

新得駅周辺地図PDF

新得市街地図PDF

新得駅周辺地区

新得駅前の北海道の重心モニュメント

JR石勝線・根室本線 新得駅

明治40年開業。瀟洒な駅舎はドラマ「北の国から '95秘密」で全国的に知られました。駅前の「火夫の像」は、新得駅が鉄道の重要拠点であった証。駅中には町のアンテナショップ「ステラステーション」や駅そばがあり、駅前からは拓殖バスコミュニティバス「そばくる」が運行されています。

保健福祉センターなごみ12

毎年9月下旬に、しんとく新そば祭りが駐車場にて開催されます。地元の名店やそば生産者などがプロ、アマを問わず、各々の味で出展します。トムラウシ温泉の足湯体験ブースもあります。

Aコープしんとく(JA新得)6

新得産をはじめとする北海道の農産物が店頭に並びます。高級食材として主に関西方面へ出荷される特産品のゆり根も10月下旬より販売。JA新得では毎年10月に秋の収穫祭を開催しています。

新得町営浴場(新得駅前温泉)13

58km離れたトムラウシ温泉の湯を気軽にお楽しみいただけます。お湯は毎朝トムラウシ温泉からタンクローリーで運んでいます。掛け流しの湯と絶景を堪能されたい方は東大雪荘へお越しください。

上田精肉店H

厳選した鹿肉だけを扱うお肉屋さんとして知られています。エゾ鹿肉のほか、特産品の新得地鶏や原木シイタケなども取り扱っています。業務用卸売りから店頭・ネット販売も行っています。

そば処 せきぐちI

農林水産大臣賞を受賞した屈足の村田農場さんの牡丹そばを「二・八」そばで、あっさり汁に絡みやすい太麺に仕上げています。みなとやさんと並ぶ老舗の味は新得駅構内の駅そばでも味わえます。

そば処 みなとやJ

大正末期創業の老舗のそば屋さんです。「三たて」の新得そばと丼ものが選べるアベック丼が人気で、新得地鶏のかしわそばもいただけます。そばの名産地に恥じない店づくりに取り組んでいます。

そば家めいじえK

ご主人は十割そばが評判のそば屋を18年間帯広で経営。原料にこだわり、平成27年、新得に現店舗を開きました。屈足産の牡丹そばを使用し、十割に限りなく近いそばを提供しています。

暖笑L

新得駅のかつての名駅弁「ヤマベ(ヤマメ)寿司」を提供していた駅前食堂です。看板メニューは、他店ではなかなか味わえないヤマベ丼。予約で懐かしのヤマベ寿司もお試しいただけます。

キョウショク 十勝漬本舗M

本社を長野にもち、漬物や調味料を製造販売しています。店頭に並ぶ約60種類の漬物すべてが試食可能です。お土産には地元産の有機野菜の漬物や信州特産の野沢菜が人気です。

おさんぽカフェN

家庭料理「おうちごはん」がおすすめのカフェ。登山用ガスボンベなどを扱う岡本スポーツとあこペットホテルを併設しています。トムラウシ温泉への旅、トムラウシ登山をアシストしてくれます。

新得地鶏本舗 壱杯屋P

平成28年にオープンした新得地鶏料理を提供する居酒屋さん。地鶏の炭火焼や胸肉のタタキなど、地鶏の素材を活かした数々の一品料理を地場産のそば焼酎とともにお試しいただけます。

居酒屋 もりQ

十勝産の食材をつかった美味しい料理でお酒を飲みたい方におすすめのお店。十勝産の牛ステーキや町の特産品のゆり根の素揚げなどがリーズナブルな価格でいただけます。アットホームなお店です。

鳥せい 新得店R

昭和53年創業以来「フレッシュ若どり」を提供しているチェーン店。炭火焼きやから揚げには、中札内産の若どりを使用しています。十勝の人であれば誰もが知る鶏肉料理の専門店です。

平成園S

店内は個室が中心で、プライベート感を大事にできる焼肉店。お肉の種類や価格帯も豊富で、とろけるように柔らかい十勝産牛肉のサガリ(ハラミ)やカルビがおすすめです。

新得市街地区

新得町立自然公園

市街地にある標高455mの新得山Cと山頂から東南部一帯が町により自然公園に指定されています。麓には桜の名所として知られる新得神社Bが祀られ、5月の開花シーズンには2,300本のエゾヤマザクラがライトアップされます。境内よりは200体もの石仏が安置された「新四国八十八ヶ所」と呼ばれる参道があります。新得山は、100種類を越える広葉樹を中心とした樹木に覆われ、秋には美しい紅葉が見られます。また、エゾシカやエゾリスなどの野生動物や野鳥も多く棲んでいます。山頂へは車輌も通行可能な観光道路や散策路がつけられており、気軽にハイキング登山が楽しめます。山の北面には、小規模ながら初心者から上級者までスキーやスノーボードを楽しめる新得山スキー場Hがあります。

共働学舎新得農場 ミンタルT

新得特産の乳製品といったら牛乳山Dの麓にある共働学舎のチーズです。カフェ兼売店「ミンタル」では、農場で穫れた野菜のピザや新鮮なミルクのソフトクリームなどをお試しいただけます。

北新得地区

国道38号線のそばロード

そばロード

北新得の国道38号線沿いに約1.5kmにわたりそば畑がつづくエリアがあり「そばロード」の愛称で親しまれています。例年7月中旬~8月中旬に北海道のそばの代表種であるキタワセソバが白い花を咲かせます。新得そばの館に隣接するそばの里公園では7月下旬に新得そばの里まつりが開かれます。

新得そばの館U

自社農園で栽培したそばを玄そばの状態で保存し、必要分だけを製粉。このこだわりが風味豊かな美味しいそばをつくりだします。連日賑わう館内では、そば打ち体験道場も開催しています。

Villege 432V

レストランでは、十勝の食材を活かしたこだわりの洋食を提供しています。中でもトロトロオムライスや山わさびのポークソテーが美味と評判。体験型乗馬クラブやコテージ等も運営しています。

赤い屋根の喫茶店 Be WildW

香り高いコーヒーと手作りケーキの喫茶店。ランチには十勝野菜たっぷりのお弁当やそば粉のガレットがおすすめです。お店ではステンドグラス教室も開催。五右衛門風呂の体験もできます。

ヨークシャーファームX

200頭もの羊を飼育する羊牧場。併設するレストランでは自家産仔羊肉の料理や鹿肉、そば、ニジマスなど新得産の食材にこだわった料理を提供しています。羊毛のワークショップも開催します。

ラーメンロッキー 狩勝店Y

十勝産のホルモンをつかったモツみそラーメンや新得地鶏をつかった地鶏ラーメンなど、道外に人にはうれしいメニューも提供しています。地元の人にも愛されるラーメン店です。

北新得墓地の一本桜9

明治38年に植樹された双幹木のエゾヤマザクラが5月中旬に咲き誇ります。町の名木に指定され、「十勝の名木100選」にも選定されています。墓地には旧狩勝線の工事殉職者も眠っています。

新得モータースクール14

町の特産である新得地鶏の生産を行っているのは、なんと自動車学校です。新得地鶏の飼育体験とトラクター等のライセンス取得ができるユニークなプログラムがあります。

南新得地区

拓鉄公園I

昭和3年~43年まで運行していた北海道拓殖鉄道(新得駅~上士幌駅)の本社があった南新得駅跡地。散策路がつけられた自然公園として整備され、野鳥や草花を観察しながらの森林浴が楽しめます。

La Pappata (ラ・パッパータ)Z

大きなログの建物がひと際目立つイタリアンレストラン。自家製手打ちパスタや十勝の季節の食材を使った料理をお楽しみいただけます。ワインやグラッパなどのお酒も充実しています。

拓殖鉄道遺産K

半世紀前に廃線となった北海道拓殖鉄道の遺構は、新得町内にはほとんど残っていません。佐幌川に残る橋脚跡は貴重な遺構でしょう。私有地内あるため遠目に眺めることになります。

広内地区

北海道立畜産試験場15

全国最大級の畜産試験場で、肉牛をはじめ、乳牛、豚、めん羊、鶏、馬など多種の試験用家畜家禽を保有しています。新得地鶏(北海地鶏Ⅱ)もここで開発されました。予約にて場内見学も可能です。

増田山

標高423mの高台で、JR石勝線・根室本線をはしる列車の俯瞰撮影地として知られています。旧狩勝線の大カーブを駆け上がる蒸気機関車のショットに憧れをもつ「撮り鉄」が集まります。平成6年のおおぞら10号の脱線事故以来、線路脇に暴風柵が設けられたため、東隣の三角山(俗称)より撮影地を継承しました。増田山Eへは積雪期を除き、途中、鹿の防護柵を開閉して車で行くことができます。山頂には眺望を詠んだ句碑があります。

福山地区

狩勝牧場13は、昭和45年より東京ドーム81個分の広大な敷地で乳牛を飼育しています。入植開始当時、狩勝トンネルの工事現場と市街地を結ぶ道が一帯を流れるパンケシントク川沿いに付けられたため、この地区はトンネル沢と呼ばれました。明治35年、この地区に新得尋常隧道澤特別教授場が設けられたことにより、跡地には福山小学校跡地12の標柱が建てられました。大正3年の山火事により校舎は消失。その後、現牧場地に校舎が建てられました(昭和41年廃校)。

サホロ農園福山農場14

新得そばの里を営む新得物産が所有する広大な農園一つ。国道38号線より福山地区へ向かう道中で見る佐幌岳の長閑な風景は、町内の平地での景色としては随一です。

新内地区

佐幌ダム16

昭和48年に着工、54年に竣工した治水ダム。ダムによってできたサホロ湖では夏はニジマス、冬はワカサギ釣りが楽しめます。湖畔には500張ものテント張れるサホロキャンプ場Kもあります。

新内ホール(旧新内小学校)13

昭和49年に廃校となった旧新内小学校を平成4年に地域のコンサートホールとして甦らせました。年4~5回のペースでクラッシックなどのコンサートが開かれています。

宮下農場15

宮下さん夫婦は、昭和53年に新規就農しました。全農地、全作物の有機農法を実現し、安全で美味しい野菜をつくり続けています。予約にてじゃがいもや人参、南瓜などの直販も受け付けています。

つりぼり瑠風(ループ)の杜J

新得町漁業生産組合狩勝高原淡水魚センターが営む釣り堀。例年4月~10月にオープン。釣った魚はその場でいただけます。組合ではニジマスやヤマベ、サホロサーモンを約10万尾養殖しています。

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鉄道とリゾートの町 新得THE RAILWAYS & RESORT TOWN

新得町は、明治40年の「旧狩勝線」の開通とともに道央と道東を結ぶ重要拠点となったため新得機関区が置かれ、多くの鉄道職員とその家族が暮らす「鉄道の町」として発展してきました。旧狩勝線は昭和41年にその役目を終え、現在の新線(根室本線)に切り替えられましたが、その跡地は、昭和48年に始まった狩勝高原エリアでのリゾート開発事業に伴い、「狩勝高原園地」として開発、保存されています。
狩勝高原で始まった開発事業は、現在「十勝サホロリゾート」として発展を遂げ、全国、海外からの多くの観光客で賑わっています。東大雪荘では、そんな「リゾート」と「秘境の湯」、「バカンス」と「安息」、「アミューズメントパーク」と「ネイチャーパーク」、そして「現在」と「歴史」を同時に楽しむ「新しいかたちの旅」を提案しています。新得町はそんな旅を実現できる町なのです。

狩勝高原地区

十勝サホロリゾート

狩勝高原エリアに昭和48年より開発事業がスタートしたリゾート地で、サホロリゾートホテルなどの宿泊施設のほか、スキー場やキャンプ場、ヒグマのサファリパーク等の施設があります。 国道38号線を挟んだ南側は、サホロリゾートの高原リゾートエリア「狩勝高原園地」として開発され、サホロカントリークラブNゴルフ場をはじめ、エコトロッコ鉄道や旧狩勝線ミュージアム、ホーストレッキング体験ができるアミューズメント施設が置かれています。 狩勝高原園地内には、自然公園エリアとして1,000本もの豊後梅が咲く梅園や400本の桜並木があり、旧狩勝線跡はフットパスとして整備保存されています。

ベア・マウンテン17

鉄格子で守られた専用バスでベアウォッチングができるヒグマのサファリパーク。ヒグマに4cmの距離まで接近できるガラス張りの施設やのんびりと観察できる高台遊歩道もあります。

サホロリゾートスキー場L

眼下に広がる十勝平野と大雪山系の絶景と豪雪地帯とは異なり水分が少ない上質なダウン・スノーを満喫できます。非圧雪の上級者コース、パウダーエリアも開設しています。

サホロリゾートホテルE

長期滞在にも適した広々としたゲストルーム、道産の食材にこだわった和食やフレンチレストラン、女性に人気のイオンスパなどを備えたトータルコンフォートリゾートホテルです。

クラブメッド 北海道サホロF

世界の観光地にリゾートホテルをもつクラブメッドは、オールインクールシブのホテルプランに特化しています。サホロは韓国ドラマ「いつか楽園で」のリゾート施設のモデルとなりました。

佐幌岳F

新得町と南富良野町の境界、日高山脈最北に位置する標高1,060mの山。頂上には石狩アイヌと十勝アイヌの伝説にまつわるチャランケ(談判)の岩があります。登山初心者におすすめの山です。

狩勝高原園地の梅園10

寒冷地にも関わらず約1,000本もの豊後梅が見事に咲く梅園で「奇跡の梅園」と呼ばれています。道内では2番目に大きな梅園で、佐幌岳をバックにした風景は絵になります。開花時期は5月下旬。

狩勝高原園地の桜並木11

昭和7年に狩勝峠越えの自動車道が開通したことを記念して、同年から8年をかけて道沿いに植えられた桜並木です。見頃は5月中旬。道が旧道となった今でも400本の桜は見事な花を咲かせます。

旧狩勝線ミュージアム18

旧新内駅跡地につくられた国鉄特急寝台客車を再利用した旧狩勝線の資料館。鉄道遺物や資料、Nゲージジオラマなどが展示されています。屋外には9600形蒸気機関車が保存されています。

狩勝高原エコトロッコ鉄道19

平成20年、旧狩勝線生誕101周年目の日に旧新内駅構内にオープンした保線用軌道自転車でレール走行を楽しむ施設。資材のほとんどがリサイクル品で、その名称の由来となっています。

ウエスタンビレッジサホロN

アメリカの田舎暮らしさながらの生活を実践するJACKさんとTICOさんが営むビレッジ。オールシーズン、ホーストレッキングが楽しめます。フリーレンジ飼育の鶏卵プリンも販売しています。

さほろ酒造20

北海道の自然環境を活かした原材料で焼酎を製造販売しています。人気の定番品「そばほろ」や限定品「トムラウシのナキウサギ」は純新得産そばが原料。白亜の城、本社工場の見学もできます。

狩勝峠展望台12

明治29年、旧石狩国と旧十勝国の境界の峠ということから狩勝の名が付けられました。標高644mの展望台から見下ろす風光明媚な十勝平野の景色は、昭和2年に「新日本八景」に選ばれました。

近代化産業遺産 旧狩勝線HERITAGE OF INDUSTRIAL MODERNIZATION KARIKACHI LINEPDF

整備保存された路線跡
煉瓦造が美しい小笹川橋梁
急行まりも号脱線事件現場 まりも橋
大築堤 通称大カーブ
デザインが魅力の新内隧道
旧狩勝線 新内隧道~狩勝隧道間 昭和41年

Google Map

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トムラウシの動植物WILD ANIMALS & PLANTS IN TOMURAUSHI

大雪山国立公園特別地域に位置する標高640mの東大雪荘の周りには、その広大な規模に比例するように多種多様な動植物が生息しています。周辺のトムラウシ自然休養林は、亜高山帯の針広混合樹林で主にエゾマツ、トドマツに代表される針葉樹とブナやミズナラ、ダケカンバ、シナノキ、ハンノキ、イタヤカエデ(ツタモミジ)などの落葉広葉樹が混合している環境にあります。
標高約300mの東大雪湖付近の落葉広葉樹林帯から針広混合樹林の森では、私たちは四季を通じて数十種類の動物や鳥たちに出合います。春先から秋にかけては、道路沿いにエゾシカやキタキツネを頻繁に見かけます。この領域には、エゾクロテンやエゾリス、エゾシマリス、エゾユキウサギ、エゾタヌキ、エゾモモンガなどの小動物が生息しているほか、ヒグマの生息域でもあり、夏場にはその行動が度々目撃されています。
エゾクロテンは、繁殖期の6月中旬~8月中旬以外は単独行動をしますが、東大雪荘周辺では、積雪期の11月~5月に群れで生活をする特異な状況を観察することができます。そのエゾクロテンの様子をカメラに収めるために、この時期にはプロアマを問わず多くのカメラマンがやってきます。また、クラブツーリズムさん主催による地元の写真家若狭政信氏の指導を受けられる写真ツアーも行われ、エゾクロテンは東大雪荘に欠かせない森の隣人となっています。

鳥類では、エゾフクロウやエゾライチョウ、キツツキ科のアカゲラやヤマゲラ、天然記念物のクマゲラなどが生息し、バードウォッチャーの方々は、その巣穴を発見し、その姿を見事にカメラに収めています。小型鳥では、キビタキ、ノビタキ、アオジ、ハシブトガラ、シジュウカラ、ゴジュウカラなどのスズメ目も多く棲んでおり、冬にはコガラやミヤマカケスがえさを求めて東大雪荘の周りに飛来してきます。脇を流れるユウトムラウシ川では、水中昆虫を捕食するカワガラスを、初夏には軒下に巣をもつイワツバメが飛び回る姿を見ることができます。
大型猛禽類のオジロワシやオオワシなどは、東大雪湖周辺でその滑空する雄姿を度々目撃します。

東大雪荘から標高を上げていくと亜高山帯の針広混合樹林から針葉樹林帯へと徐々に変化し、その後はダケカンバやミヤマハンノキなどの落葉広葉樹が優先する高山帯の植生に移行していきます。さらに森林限界を越えるとウラジロナナカマドやハイマツなどの高山植生へと変化していきます。
亜高山帯から高山帯かけてはヒグマやエゾシカなどを見かける機会が多く、高山帯ではエゾオコジョや氷河期からの生き残りといわれているエゾナキウサギに出合うチャンスをあります。
鳥類では、亜高山帯にはヒガラやキクイタダキ、ウソ、マヒワなどが現れ、標高1,300mを越えるとコマドリやウグイス、ルビタキの鳴き声が響きます。1,600m付近のハイマツ帯にはノマゴやビンスイ、ギンザンマシコが巣を作り、秋にはハイマツの実を求めてホシガラスが姿を現します。

周辺に棲む野性動物と野鳥たちWILD ANIMALS & WILD BIRDS

積雪期には毎日姿を現すエゾクロテン

エゾクロテン

クロテンの亜種で北海道にのみに生息しています。アイヌ語での呼称は「カスペキラ」=「しゃもじをもって逃げる」で、人家へ入り、ものを持っていくことに由来。明治期まで道全域に生息していましたが、毛皮を採るために乱獲されて個体数が減少し、大正期以来狩猟が禁止されています。

東大雪荘周辺にも出没するヒグマ

エゾヒグマ

北海道に生息するヒグマで、日本最大の陸棲哺乳類です。草食を主とした雑食で、大型のものでは頭胴長3m、体重500kgを越えます。冬期には巣穴で冬眠し、メスはこの間に出産します。かつてアイヌはキムンカムイ(山の神)として崇め、毎秋にイヨマンテ(熊送り)と呼ばれる祭事を行っていました。

お尻のハートが可愛いエゾシカ

エゾシカ

ニホンジカの亜種で、体長は本州以南のニホンジカの2~3倍ほど。国内最大の草食動物で、道内に約50~60万頭が生息しています。角をもつ雄は、秋に10頭前後の雌とのハーレムをつくり、6月~7月に1頭の子供が産まれます。明治期に乱獲や大雪などの影響で絶滅寸前となったこともありました。

エゾクロテンの天敵 キタキツネ

キタキツネ

北半球に分布するアカギツネの亜種で、日本では北海道の平地から高山帯までに生息しています。本州のホンドギツネに比べるとやや大型で主に小動物や鳥類、昆虫を捕食します。アイヌ語では「チロンヌプ」=我々がたくさん殺すものと呼ばれ、かつては毛皮目的で多く捕獲されていました。

樹上を跳び回るエゾリス

エゾリス

ユーラシア大陸に広く分布するユーラシアリスの亜種で、北海道の平野部から標高1,700m程度までの森林に生息しています。ニホンリス(ホンドリス)やシマリスと比較して体が大きく、体毛が密なのが特徴。樹上性で、巣も樹上につくり、冬眠はせずに秋に木の実などを地中に蓄える習性があります。

動きが愛くるしいシマリス

エゾシマリス

ユーラシア大陸北部に分布するシベリアシマリスの亜種で、北海道の平野部から高山帯までに生息しています。体毛は茶色で背中に5本の黒い縞があるのが特徴。樹上行動もしますが、エゾリスとは大きく異なり、主に地上で活動し、冬眠や繁殖を地中の巣穴で行います。

冬は雪と同色になるエゾユキウサギ

エゾユキウサギ

ユキウサギの亜種で、北海道の平野部から亜高山帯までに生息しています。ユキウサギとはラテン語で臆病なウサギの意味で、警戒心が非常に強く、昼間は身を隠し夜間に活動します。毛色は夏季が褐色であるのに対し、冬季は真っ白になるのが特徴です。

生きた化石と呼ばれるエゾナキウサギ

エゾナキウサギ

ユーラシア大陸に分布するキタナキウサギの亜種で、大雪山系、日高山脈、北見山地などの北海道の標高1,500~1,900mの高山帯のガレ場に生息しています。氷河期の生き残りといわれ、寒さに強く秋に貯食し冬眠はしません。体長は最大20cmほどで、耳と尾は体毛に隠れるほど小さいのが特徴。

巣穴から顔を覗かせるエゾモモンガ

エゾモモンガ

ユーラシア大陸に生息するタイリクモモンガの亜種で、北海道の平野部から亜高山帯の森林に生息しています。頭胴長は20cmほどで滑空するための皮膜をもち、滑空距離は50mにも及びます。夜行性のため、昭和30年代頃まで猟師などの間では「晩鳥」という俗名で呼ばれていました。

高山帯の岩場に棲むエゾオコジョ

エゾオコジョ

北海道の高山帯に生息しているイタチの仲間で、「エゾイタチ」とも呼ばれています。昭和初期までは平野部にも広く生息していましたが、毛皮目的の乱獲により現在は準絶滅危惧種に指定されています。夏毛は腹部が白で背が茶褐色ですが、冬には尾の先を除き真っ白な毛になります。

冬は長く太い毛を纏うエゾタヌキ

エゾタヌキ

タヌキの日本産亜種で、北海道の一部の地域の森林や沢、沼に生息しています。昼間は巣穴で過ごし、夜活動をします。狩りをせず、地面に落ちている木の実や昆虫、動物の死骸、無脊椎動物などを食べています。冬眠はせずに秋に木の実などを多く食し、皮下脂肪を蓄えて冬籠りをします。

森の守り神 エゾフクロウ

エゾフクロウ

フクロウの亜種で、北海道の森林に生息しています。単独またはつがいで大木の樹洞を巣穴にすることを好みます。夜行性で、ネズミや昆虫、小鳥などを補食します。ハート形顔が特徴です。北海道にはエゾフクロウのほか、絶滅危惧種IAに指定されているシマフクロウが生息しています。

黒軍服にレッドベレー クマゲラ

クマゲラ

日本最大のキツツキで、北海道の針広混合林と東北地方の一部のブナ林に留鳥として生息しています。真っ黒な体と赤い頭が特徴。アイヌには「プチ・タ・チカップ」=丸木舟を彫る鳥と呼ばれ、ヒグマの居場所を教え道案内をする神として崇められました。国の天然記念物に指定されています。

翼開長は50cmにも及ぶエゾオオアカゲラ

エゾオオアカゲラ

キツツキ科のオオアカゲラの北海道亜種で、道内全域の森林に留鳥として生息しています。雄の頭部が赤い(雌は黒)の名前の由来。エゾアカゲラよりも大型で、アカゲラの特徴である肩羽の逆八の字の白斑がありません。長く頑強な嘴で樹上に巣穴を彫り、昆虫や果実、種子を啄みます。

未だ狩猟鳥指定のエゾライチョウ

エゾライチョウ

ユーラシア大陸北部の森林に広く分布し、日本では北海道にのみ生息し、ヤマドリの俗称をもっています。亜高山帯以下の森林に生息し、本州の高山帯のライチョウとは属が異なり、羽の色は変化しません。近年、自然環境の変化やキタキツネによる捕食が原因でその数は激減しています。

扇形で白い尾羽をもつオジロワシ

オジロワシ

ユーラシア大陸北部で繁殖し、日本には主に冬鳥として飛来しますが、北海道では周年生息をしています。営巣地は約170ヶ所が確認され、その数は増加していますが、繁殖数は大きく減少しています。国の天然記念物で絶滅危惧ll類に指定。日本ではオオワシに次ぐ大きさの猛禽類です。

コガラ

日本全国に周年生息するスズメ目シジュウカラ科の留鳥で、亜高山帯で繁殖し、冬季は低地におりて越冬します。東大雪荘周辺でもエサを求めて飛来してくる時期があります。

ミヤマカケス

北海道の低山地に生息するスズメ目カラス科の留鳥で、他の鳥や動物の鳴き真似する鳥として知られています。雛鳥も捕食する雑食性で、ドングリの貯食をし、バードテーブルにも現れます。

ヤマゲラ

日本では北海道のみに生息する留鳥で、平野部から亜高山帯までに分布しています。主に樹上で生活していますが、蟻を好むため、地中を掘り起こす行動もよく見受けられます。

コマドリ

日本全国に分布する夏鳥で、針葉樹林や針広混合樹林帯に生息しています。ウグイスやオオルリとともに日本三鳴鳥の一種で、カムイサンケナイ川コマドリ沢はコマドリの繁殖地に由来しています。

ハンティングワールドHUNTING WORLD

北海道では毎年10月1日~翌年1月31日までの間、全域で狩猟が解禁となります。トムラウシ温泉周辺も可猟区域で、常連のハンターさんは「十勝川源流域は行動可能範囲が広く、エゾシカの生息数も多いため、魅力ある狩猟場である」といいます。
東大雪荘を拠点とする常連のハンターさんの多くは本州からの方々で、エゾシカの最大の魅力は、その体の大きさと生息数にあるといいます。一方で、その大きさ故に脳の容量も本州のニホンジカの2倍以上あり、ハンティングから逃れる能力が高いため、仕留める難易度は高く、運搬作業などにも骨を折ることが多いそうです。
ハンターさんの多くは車で獲物を探す「流し猟」をしています。中には単独で山スキーで入山し、足跡などの痕跡をたよりに獲物に忍び寄る「忍び猟」をしている方もいます。忍び猟は、獲物との駆け引きや自然との一体感を味わうことができる狩猟法である一方、体力の消耗や遭難の危険度が高いため、その経験や知識が大事だといいます。

東大雪荘に滞在するハンターさんの数は年々減少傾向にあります。数年前までは狩猟解禁期間中、宿舎はハンターさんで賑わっていたといいます。ハンターさんが減った理由としては、その高齢化と期待したほどの猟果が得られなかったことにより、時間と費用を要する渡道を控えていることが挙げられます。
しかし豊富な経験をもつ地元のハンターさんによると、エゾシカの数は以前とさほど変わらず、狩猟機会は多くあるといいます。
エゾシカによる食害(農業被害)の対策が急速に進められた昨今では、森林と耕作地や牧草地との間に厳重な防鹿柵が設けられたことにより、捕食範囲を制限されたシカの群れの移動・分散という現象が起こっています。さらに行政による大駆除がシカに警戒心を植え付け、ハンターが現れる場所から身を隠したと推測されています。
エゾシカを害獣且つ大事な観光資源と捉えるならば、今後地元ハンターのアドバイスが受けられる環境や初心者を育成するガイドハンティングなどの環境整備が求められるでしょう。トムラウシを含む北海道のハンティングワールドは、一般には知られざる転換期を迎えています。

群れで生活しハーレムをつくるエゾシカ
本州より毎年やってくる常連ハンターさん

フィッシングワールドFISHING WORLD

十勝川上流域は、原始からの手つかず自然が多く残っていおり、十勝川本流注ぐ支流には未開拓の釣場が多く残っています。
夏期から秋期にかかけては、東大雪荘を拠点として渓流釣りに出かけ、多くの釣果をあげてくる方々がいます。釣人のメインターゲットは、最上流部ではオショロコマ、上流部ではオショロコマやニジマス、イワナ、東大雪湖周辺の下流部ではイワナや少ないながらも生息しているアメマスなどです。
ここでは、比較的安全な渓流釣りのポイントを紹介しますが、十勝川上流域は多くの危険な渓谷を抱えているうえ、ヒグマの生息域でもあるため、グループでの行動をおすすめします。
岩松地区にあるTOM(十勝アウトドアメイツ)さんでは、さまざまなフィッシング体験メニューを用意しています。渓流釣り初心者や周辺に明るくない道外の方などにはTOMさんの体験メニューのご利用をおすすめします。

東大雪荘前のユウトムラウシ川

ユウトムラウシ川

東大雪荘より下流は函と呼ばれる断崖絶壁のため、ポイントは温泉より上流になります。初夏に駐車場前で糸を垂れれば、小ぶりのオショロコマがかかります。野営場よりは入渓が可能で遡行は比較的楽にできます。さらに上流域では本格的な渓流釣りが楽しめます。

カムイサンケナイ川

以前は霧吹の滝への散策路をおりていけましたが、現在は通行不可のため、ユートムラウシ林道の神威橋より入渓します。ニジマスのポイントであるトムラウシ川本流との合流部までは距離があるため体力と経験が必要となります。神威橋付近もオショロコマを狙える大きなポイントです。

シートカチ川

川沿いにシートカチ林道が並行して通じているため入渓可能ポイントが一目で確認できます。曙橋から約3kmの地点まではニジマスとオショロコマを同時に狙えます。更なる上流域ではニジマスは極端に少なくなり、オショロコマの数が増えていきます。

紅葉狩りと渓流釣りを同時にどうぞ

トムラウシ川本流

曙橋付近は渓相がよく、オショロコマやニジマスを狙えます。約3km上流の富村ダムによりできた湛水部は、ニジマスの大きなポイントです。さらに3km先のカムイサンケナイ川のインレットは開けた河原で渓相もよいため、ニジマスを狙いやすいポイントです。

ヌプントムラウシ川

ヌプン峠を越えたヌプントムラウシ温泉手前の流れでは、ニジマスやオショロコマが狙えます。以前はヌプン大橋や沼ノ原大橋から入渓が一般的でしたが、現在はヌプントムラウシ林道が車輌通行止と崩落のため、入渓ポイントまでは約7~10kmの歩行と崩壊路のトラバースが必要となります。

東大雪湖

新得町に漁業権が設定さているため、サホロ湖との共通入漁券が必要で、例年7月~9月に解禁となります。東大雪橋より上流のイロネウシ沢、パンケキナウシ川のインレットが大きなポイントです。ターゲットはニジマスで、大型のアメマスやヒメマスも狙えます。

十勝川最上流域はオショロコマの宝庫

オショロコマ

日本では北海道のみに生息するサケ科に属するイワナの仲間で、別名は「カラフトイワナ」。世界では降海型と河川残留型がいますが、北海道ではほとんどが残留型です。体側に5~10のパーマーク(幼魚斑)と赤やオレンジ色の斑点をもつのが特徴で「渓流の宝石」とも称されています。

東大雪湖で狙えるアメマス

アメマス

サケ科サケ亜科イワナ属の魚で、日本海側では山形以北、太平洋側では千葉以北に分布しています。海と河川を行き来する遡河回遊型と河川残留型がおり、残留型はエゾイワナとも呼ばれています。河川残留型は35cm未満の小型のものが多く、体側と背部に瞳孔より大きな白斑があるのが特徴です。

紅色の体側部をもつニジマス

ニジマス

アメリカから日本全国に移植されたサケ科の外来種で、北海道では上流域から下流域までに生息しています。自然繁殖は北海道での一部でしか記録されておらず、養殖・放流事業が盛んに行われています。湖などに残留して大きく成長、銀化したものを特に「テツ」や「スチールヘッド」と呼びます。

幻の魚と呼ばれるイトウ

イトウ

サケ科の淡水魚で、日本では北海道の一部の河川や湖沼に生息しています。個体数は年々減少の一途にあり、環境省のレッドリストで絶滅危惧種IBに指定されています。昭和50年代までは岩松湖にはヤス突けるほど生息していたと伝えられいますが、近年では確認報告はありません。

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